港区麻布台(旧:飯倉片町)。麻布台ヒルズの向かい側、東京タワーを臨む一角に、まるでタイムスリップしたような、国境すら飛び越えてしまったような趣の木造洋館アパート「和朗フラット」(昭和11年〜)はあります。 今も現役の賃貸アパートやギャラリースペースとして活用されている和朗フラット。
※登録有形文化財

この界隈は私が子ども時代を過ごした場所であり、特に和朗フラットの周りは「スペイン村」と呼ばれ、特別なオーラを放っていました。
文化人や著名人が集まる老舗レストラン「CHIANTI(キャンティ)」や芸能事務所の田辺エージェンシー、作曲家いずみたく氏、放送作家はかま満緒氏や映画評論家小森のおばちゃまの事務所などが近かったという立地もあいまって、当時の流行最先端をゆくモダンな人たちが頻繁に行き来していました。

ジャックリーヌ・ケネディのように、頭にスカーフを巻きサングラスをかけトレンチコートの襟を立てて颯爽とオープンカーに乗り込む__。
洒脱で凛々しく、そして明確に好きなものを持って生きている彼らは私の憧れでした。
母の仕事の関係でそんな大人たちの事務所に遊びに行きお菓子をもらったり、彼らが経営するブティックにお邪魔してはショーウィンドーでマネキンのポーズをとっていたずらをして怒られたりと、今思い出すと赤面ものです。
和朗フラットができたのも、そんなかっこいい大人がいたからなのだと思います。

設計をした上田文三郎氏は農業研究者。建築業界とはまったく畑の違うサラリーマンでした。和朗フラットの建築には、自身がアメリカ旅行で感じたことや幼い頃の経験などが活かされているそうです。

専門家でない人物が長く愛される建物を作り出したことを大人になってから知り驚きました。ですが素人だからこその自由な発想で、現場の大工さんたちとコミュニケーションをとりながら仕事を進めていったとなると、たとえ型破りでも作り手がそこで暮らす人のことをイメージしながら、愛情を持って丁寧に築き上げていったのだと思います。
麻布台ヒルズをはじめとした高層ビルに囲まれながら、今も穏やかに堂々と建っている和朗フラットの佇まいはまさに子どもの私が憧れた、あの頃のかっこいい大人たちの姿と同じ。年月を経て益々存在感を増す、訪れる度に郷愁を感じる大切な建物です。

