ドムスチェアとM氏邸

フィンランドの巨匠デザイナー、イルマリ・タピオヴァーラが生み出した「Domus(ドムス)」。ヘルシンキにある学生寮「ドムス・アカデミカ」のためにデザインされたこの椅子は、スタッキングできる機能性やどんな空間にも馴染むシンプルなデザインで人気を博し、2026年で誕生から80周年を迎える名作です。この節目にドムスの新しいラインナップが発表されるということで、artek(アルテック)社主催の展示会へ行ってきました。

会場は千葉県・野田市にある「BUNDLE GALLERY(バンドルギャラリー)」。ル・コルビュジェに師事した建築家の進来廉(すずきれん)が1974年に手がけた住宅、通称「M氏邸」を改修しています。

ドムスは以前から知っていたのですが、今回あらためてその座り心地のよさと機能性の高さを実感しました。湾曲した3Dになっている座面の座り心地は抜群です。またひじ掛け部分が短めでかわいらしい印象のあるフォルムですが、しまった時にテーブルの天板下にすっぽりと入るので場所をとりません。また椅子をたくさん引き出さなくても出入りがしやすいという機能性にも優れています。

コレクションではレザーパイピングが美しく施された、新たな色と素材のバリエーションがお披露目されています。パーツの組み合わせ方によってこんなにも違った表情になるのか、と驚きました。革張りの黒は、凛々しくかっこよく、布張りのグレーはあくまでも優しく。ベースとなるオーセンティックな佇まいはそのままに、それぞれが心地よい新鮮さをまとっていました。展示会では「オピュレント」「レイヤード」「ミニマル」「ノルディック」のコンセプトでインテリアスタイリストの川合将人氏がスタイリングした4つの空間を見ることができ、どんなコンセプトでもその世界観に溶け込めるドムスチェアの高い汎用性とアレンジ力を実感する展示でした。

ドムスチェアの素晴らしさを味わいながら、バンドルギャラリーの建物「M氏邸」への興味も沸々と湧いてきた私。調べて驚いたのはこれほどの美しい建築物が長い間空き家のまま手がつけられられずにいたということ。ですがさまざまな縁が繋がり、本格的な改修を経て2022年に前述の川合氏の活動拠点として、またギャラリー兼撮影スタジオとして生まれ変わったそうです。築50年を経てもシックでモダン、木材やタイルの傷はかえって雰囲気を高める小道具になってしまうほどの圧倒的な貫禄。年月の重なりが建物の包容力となって、そこに居る人々を優しく守ってくれているような感覚をおぼえました。

慈しみながら使い続けられるもの、再生されるもの。時代に即した形でアップデートされたドムスチェアとM氏邸宅は共に長い時を経てなお今に息づいています。学生寮のために作られた椅子と長い間放置されていた家、それぞれに経緯がありますが、長い時間の流れの中でその真価を見出されることこそが本当によいものの証なのかもしれません。

社会情勢や常識、価値観が目まぐるしく変化する時代。今回二つの名作に触れ、これから先も、変わらない本当の豊かさとは一体どんなものなのだろう、そんなことをじっくり考える機会になりました。