ジャヤ・イブラヒムのデザインした空間を訪れて撮りだめた写真
今日で5月も最終日。この時期になるといつも思い出す人がいます。
ジャヤ・イブラヒム(Jaya Ibrahim)。インテリアの仕事をする私の第2の原点といえる人。彼のことを書かずにはいられません。
(第1の原点は、内装業に携わっていた親の影響)
建築家とは違い日本では、あまり知られていないようですが、ジャヤはアマン、フォーシーズン、カペラなどの綺羅星のようなラグジュアリーホテルやレストラン、そして住宅のインテリアを手がけた著名なインテリアデザイナーでした。
アジアのみならず世界のホスピタリティーデザイン界で唯一無二の存在として君臨していた60代後半の2015年5月、自宅の2階階段から転落し亡くなったというニュースは、アジアのみならず世界のインテリアデザイン界に衝撃を与えました。
私が初めてジャヤ・イブラヒムのインテリアデザインを経験したのは(そう、彼のインテリアに触れることはもはや経験なのです!)、ヒンズー教の太陽王と言われたダルマワンサ王をモチーフにしたザ・ダルマワンサホテルです。
ザ・ダルマワンサホテル Pinterest
ザ・ダルマワンサホテル Pinterest
それは、私が家族の仕事に帯同するためにジャカルタに住み始めて間もない時期でした。言語も習慣もまったく異なる環境で緊張しながら過ごしていた日々の中で見つけた、桃源郷のような場所。一歩足を踏み入れただけであっという間に別世界へと誘われ、時間が経つのも忘れてただこの空間にいたいと思わせる「竜宮城」のような空間の虜になり、ホテルに足繁く通うようになりました。
お茶や読書をしに行ったり、なにもせずただ空間を味わったり、それはまるでジャヤの感性を深く深く自分の中に染み込ませていくような幸せな時間でした。
ナムハイホテル Pinterest
細部まで行き届いた徹底的な作り込みで人々の心を鷲掴みにする緻密さと、地産の素材を随所に贅沢に使う手腕、ひと目見ただけでそれがジャヤの作品とわかる独創的で密度の濃いデザイン、何よりも彼が創り上げる空間には物語がありました。すべての内装が、家具が、装飾品が、花が、香りが、音楽がそれぞれの理由を持って然るべきところに配置され、空間に説得力や立体感を生み出しているのです。だからこそ、訪れた人々は一瞬でその世界の登場人物になれたのかもしれません。
1948年、ジャヤはインドネシアの外交官の父とジャワの王族であった母の元に生まれました。建築の道に進みたかったジャヤですが、親の反対により10代後半で渡英し大学で社会学と経済学を学び会計士になります。しかし、ほどなくして仕事が合わずに辞めてしまいます。その後、運命的に、インテリアデザイナーのアヌシュカ・ヘンペルと出会います。
ジャヤ・イブラヒム Pinterest
アヌシュカ・ヘンペルは映画「007」シリーズのボンドガールを演じるなど女優として活躍した後にインテリアデザイナー、ホテル経営者へと転身し、ブレイクスホテルやヘンペルホテルといった数々の優れた作品を作ったデザイナー。
ヘンペルが経営するホテルのレストランで皿洗いとして働き始めたジャヤ。美意識にあふれた仕事ぶりに気づいたヘンペルが彼に店舗のインテリアを担当させてみると、その予感は確信へ。ヘンペルに才能を認められたジャヤは本格的にインテリアデザイナーへの道を歩き始めることになりました。
ものすごくドラマティクですよね。
アヌシュカ・ヘンペルのデザインは英国流のシンメトリーをベースとしたエレガントクラシックのスタイルに東洋のエッセンスが加わった独特の雰囲気のもの。ジャヤは、そのヘンペルのヘリテージを受け継いだ上に、ジャワ(インドネシア)の文化を付加していき、自分のスタイルを築き上げていきました。
個人邸 Pinterest
インドネシアはその歴史的背景から、イスラム、ヒンズー、仏教、中国、オランダ、日本からの影響をたくさん受けてきた、まさにカルチャーのるつぼといえる国。インテリアも特徴的で、木や石といった天然素材を存分に用い、繊細な彫り物や真鍮の装飾品、土着の手仕事がミックスされることにより、深淵を覗くような奥深さも持ち合わせています。そのエキゾチックなオーラはこの土地が持つ神々しさからもたらされたものなのではないかと私は思っています。
ジャヤはインテリアの表現において、英国のシンメトリーに知性を、自分のオリジンであるジャワの素材づかいと装飾に魂と心の自由を託したように感じます。その絶妙なバランスで生み出された空間にいることは、多くの人にとって異次元の世界に連れ出されたような心持になるのではないでしょうか。
今でも彼はアジアのデザインに携わる人々にとって、決して忘れることの出来ない稀有な人、「伝説の人」となっています。
「インテリアデザイナーで好きな人は誰?」と聞かれ、「ジャヤ・イブラヒム」と答えると、遠い目をしながら異口同音に「彼は偉大だった。もう彼のようなデザイナーは出てこないね」と言うほどです。
ジャヤ・イブラヒム自邸 Pinterest
ジャヤのデザインにすっかり魅了された私は、とにもかくにも彼のインテリアデザイン会社で働きたいと強く思いました。正確には、帯同者はビザの関係で金銭が発生する労働はすることは出来ないので、インターンでもなんでも良いからなんとか彼の会社に潜り込むことはできないかと思ったのです。そこで、メッセージを送り、手紙を書き何度もアプローチを試みました。また彼が手がけたレストランやホテルなどを周り、写真に収め、文章にしたためてウェブマガジンでの発信までし始めました。
ですが当時シンガポール、アメリカのマイアミ、上海と、世界中を飛び回っていたジャヤとお会いできる機会はないまま、帰国の途に着くことになりました。
この間かろうじて、当時彼が経営していた会社のスタッフに、そのデザインや人となりを聞いたり、経営していた家具ショップに幾度となく訪れ、デザインの成り立ちを聞いたりすることで、なんとか少しでもジャヤ・イブラヒムのデザインを感じたいと思いながら過ごしていました。
時が過ぎ、今、上質なラグジュアリーインテリアデザインを数多く見かけます。ただ、一見してこれは誰が手がけたインテリアデザインか、というのが分かる空間はそう多くはないような気がします。
ジャヤは、インテリアの世界でオリジナリティを極めた人。
あの時から11年の年月が経ちましたが、ジャヤ・イブラヒムは私にとって未だに特別な存在。
永遠の私の憧れです。
注:トップ画像以外は、画質を優先したためPinterest埋込でお借りしています。
ジャヤ・イブラヒムのデザインしたホテル一覧
The Legian Seminyak, Bali, Indonesia (1992)
Rosewood Dharmawangsa Hotel, Jakarta (1997)
The Setai Miami Beach, Florida, USA (2004)
The Nam Hai, Hoi An, Vietnam (2006)
The Datai, Langkawi, Malaysia (2007)
Aman at Summer Palace, Beijing, China (2008)
Capella Hotel, Sentosa, Singapore (2009)
Amanfayun, Hangzhou, China (2010)
Patina Hotel, Singapore (2015)
Four Seasons Jimbaran, Bali, Indonesia (2016, ジャヤの死後に完成)

